花の四阿

    Lala掲載の『狼陛下の花嫁』二次小説のブログです。某SNSで書き溜めた小説の他・イラスト・詩文・写真・徒然日記・一部鍵つきを掲載しています。

    【日記】「色の話4」

    続きです

    「記憶の色」

    前回、世界がモノトーンだったら、味気ない…
    という話をしました。

    色を決めるのは、記憶の色も左右されます。
    記憶の引き出しに納める為には、より鮮明な記憶として残す必要があるそうです。

    思い出しやすくする為に、中間色を省きより強調された色として記憶するそうです。

    例えば、ここにモノクロの苺の写真があるとします。

    私は一般的に、苺は赤いと思っています。

    実物の苺は、青や黄、白や緑やピンクも含まれている複雑な色のはずなのに、詳細な記憶は淘汰されて“赤い苺”と写真を見て思います。

    実際には、実物の苺の色とは別に光によっても見え方が変わるはずなのです。

    「蛍光灯」
    「電球色」
    「自然光」

    私は、「記憶の色」によって苺が赤いと記憶していますから、「記憶の色」が視覚の色に混ざり、光源が変わっても苺をほぼ変わらない赤い色に補正して見せているそうです。

    世界に、もしも色が無かったのなら、この「記憶の色」補正は、無かったかもしれませんね。


    水墨画は、時として
    墨一色で多彩な色を想い浮かべる場合があります。

    それは、私達の記憶の色。

    山々は、蒼く
    木々は、緑
    水は、清く流れ
    大河は、青い。

    それは、体験が生んだ記憶の色。


    私達に、蓄積した色の知識があって、初めて水墨画を楽しめるのかもしれません。


    ところで、「記憶の色」は民族でも違うことがわかっています。
    ちょっと色とは脱線かもしれませんが、読み流してくれればと思います。



    ここに林檎のモノクロ写真があるとします。

    日本人の多くは、りんごは赤いと記憶しています。

    ところが、ある国では、りんごの認識は、青い。
    青林檎なのです。

    日本では、太陽を子供達は赤く表現する。
    別な国では、黄色。

    パパイヤも、日本人は黄色。
    青パパイヤを知ったのは最近です。

    モノクロ林檎なのに、見ている人の脳裏に浮かぶ色はちがうのです。

    「民族色としての記憶の色」

    この話は、Fullむんっさんのお話に通じるものがありますね。

    生活に密着している「記憶の色」は、深く根付いた色だと思います。



    ちなみに、私は印刷会社に長年勤めていました。

    日本人の食欲をそそる民族色は、赤です。

    本能的に手にとりやすい。
    そう聞きました。


    スーパーやコンビニを確認して下さい。

    特に、お菓子売り場。
    子供達の手が届く範囲の商品のパッケージは、赤が効果的に 使われていませんか?
    赤が溢れています。

    あれは、本能的な色で、商品を買ってもらう企業側の戦略と聞きました←


    続きます




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