花の四阿

    Lala掲載の『狼陛下の花嫁』二次小説のブログです。某SNSで書き溜めた小説の他・イラスト・詩文・写真・徒然日記・一部鍵つきを掲載しています。

    月晶の雫 目次


    こちらは、麻杉 慎さんのキリリク 「月晶の雫 ―げっしょうのしずく―」です。
    遅々更新ですが、のんびりと更新をお待ちください。








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    月晶の雫 1

    月晶の雫 プロローグ



    それは、神秘の泉
    愛と豊穣の女神の慈悲により、白陽国の乾いた大地に滾々と湧くという

    大地を潤し……人々を癒す。
    豊かな恵みの水。

    その泉は人知れず、白陽国の歴代の王とその愛する妃が、
    代々神官と共に神域で守ってきた。

    前回の泉の神事から10年の月日が流れた。

    今年、珀 黎翔国王にとって、はじめての神事を迎える
    彼の愛する妃は、たった一人 夕鈴妃。

    狼陛下に愛された稀有な乙女。
    王に愛されていることをまだ知らない偽りの妃。











    女神の統べる泉は、静かに神域で耀く
    来たるべき、10年目の約束を待っていた。

    天井から降り注ぐ ……
    月の結晶のような美しい光の雫

    神秘的な光を湛える女神の泉

    静かに天井から降る月光は
    泉の水面に反射して美しく耀く

    滾々と枯れることなく湧き出る水が
    穏やかな波紋を作り出す。

    神域の荒々しい岩肌に青い光の紋様を映し出す

    白陽国の国王とその愛する妃を迎え入れるために
    泉は、月の力を蓄える

    王と妃の願いを叶えるために


    「この乾いた大地に
    枯れることの無い豊かな水の恵みを……」


    月が輝く。

    女神の泉は
    ――――――――静かに、
    その時を待つ。

    10年目の大祭が始まる。



    ……続く


    2015.11.19.改訂  いい夫婦の日 final  投稿品
    2014.07.10.本館へ移設
    2013.11.17.初稿・分館にて
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    月晶の雫 2


    ……暑い。

    未だ残暑厳しい初秋の頃。
    臨時花嫁姿の私は、政務室で赤い顔を扇で隠しながら 暑さに耐えていた。

    公務の席。
    ここは、後宮の自室ではない。
    王の唯一の花が、政務室で着崩すなんて、とんでもない。
    そんなことは、許されない。

    なんだか意識が薄らいできた。

    ……暑いなぁ。

    陽炎揺らめく、王宮の中庭をちらりと眺めて 恨めしそうに雲ひとつ無い青空を眺めた。


    暦の上では、もう少しで涼しくなるというのに、どうしてこんなにも暑いのだろうか?


    ……


    …………


    「…………ん」


    「……ゆうりん」


    「……夕鈴」


    「……夕鈴!」

    「うわっ!……すいません、陛下!」

    いつの間にか、陛下が心配そうな顔で、私の顔を覗き込んでいた。
    名前を呼ばれていることに、ぜんぜん気づかなかったわ。


    「暑そうだね、夕鈴!」

    「後宮に先に戻ったほうが良さそうだ。」

    陛下に顔を隠していた扇が外されて頤(おとがい) を捕らえられた。
    そのまま顔を上向かされて、顔色を確かめられた。

    「大丈夫です。
    陛下は、この暑さに耐えてご公務していますもの。
    私も平気ですわ……」

    「私達は、政務に支障なく仕事をする為に、夏用の涼しい衣装を着ている。
     だけど、君はそうではないでしょう?」

    「ここは、もういいから……
    自室に戻っていいよ」

    「では、お言葉に甘えて……」

    それ以上の押し問答をする気力もなく、私は自室に帰ることにした。


    ……続く






    2015.11.19.改訂  いい夫婦の日 final  投稿品
    2014.07.10.本館へ移設
    2013.11.17.初稿・分館にて

    月晶の雫 3

    ところが、椅子から立ち上がろうとしたはずなのに、ふらりと床に吸い込まれる。

    「危ないっ!」

    私は、膝から崩れ折れていく、身体を制御できない!

    「夕鈴っ!」

    くらりと暗転してゆく政務室の景色。

    夢の中のように陛下の言葉だけが、耳元で聞こえた。

    「くっっ……気付くのが遅すぎたか!」

    「李順っ!しばらく席をはずすぞ・・・。」

    「すぐに戻る・・・その間の政務は、任せた。」

    抱き上げられた感覚と大きな腕の中の安心感に、私はすぐに意識を手放していった。


    ……続く

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    月晶の雫 4

    「…ん…んぅ。」

    見慣れたいつもの天井。
    私、いつの間に自分の部屋に帰ってきたのかしら…?

    「夕鈴、気付いた?」

    覗き込まれるように、天井を背景に陛下の顔が見えた。

    「陛下!」

    私は慌てて、寝台から起きようとした。

    「ダメだよ!
    夕鈴、倒れたんだ!
    急に起きちゃダメ!」

    肩をつかまれて、優しく寝台に押し返された。

    「倒れたって…」

    え……と?
    記憶が繋がらない。

    「熱中症だったんだね。
    後宮に帰ろうとして、出来なかったんだよ。」

    そう言って、陛下は私の頬を片手で撫でた。

    「赤みはひいたね。
    熱も無いようだ。
    どこか、まだ苦しく無い?」

    髪を撫でながら、優しい赤の瞳が質問する。

    「何処も、苦しくないです。
    ご迷惑をおかけしました。
    もう大丈夫です!」

    「…そう?
    それは、良かった。
    もう少し、早く気づいてあげられたら、
    夕鈴は、倒れることなかったのにね…。」

    「……ごめんね。」

    すまなさそうに、陛下は私にそう言った。

    「いいえ。
    私のほうこそ、ご迷惑をかける前に、後宮に戻るべきでした。
    ……陛下、ありがとうございます。」

    「政務室は、風が吹き抜けないし…
    夕鈴、暑かったよね。」







    「今は、大丈夫?
    暑くない?
    苦しくない?」

    ……あ。
    そういえば…暑くも苦しくもないことに、私は気付いた。

    そこではじめて、今の自分に気がつく。
    妃の衣装ではなく、花簪も外されて、
    下着姿の心もとない単衣の衣一枚だけだった。
    襟元がくつろがれでおり
    鎖骨ばかりが、胸の深い谷間まで……見える。


    きゃあ!
    なんてこと!!

    「…!!!」

    私は、慌てて布団を引き上げて潜ってしまった。
    顔が、ボボッッッ…と赤くなる。

    今度は、熱ではなく恥ずかしくて……。

    「元気になったようだ」

    陛下は、そんな私に
    クシャリと髪を撫でるとクスリと笑った。

    優しく見つめる陛下の顔がまともに見れない……

    「ところで、夕鈴。
    明日から、地方公務に行きたいのだけど…君にも、来てほしい。」

    「移動に耐えられるかな……妃の仕事があるんだ。」

    「もう大丈夫です!行けますよ!」

    「…………うん。
    大丈夫そうだけど、暑い行程だから、
    無理しないでね。」

    「暑いのですか?
    公務はどちらへ?」

    「白陽国の南、碧林(へきりん)へ」

    「碧林の離宮は、涼しくて快適なんだけどね。
    そこに行くまでの道中が、狭い馬車の中だからとても暑いんだ。」

    「碧林の都そのものが、砂漠の真ん中にある交易のオアシスなんだ。」

    「そこで、オアシスを守る女神に祈りを捧げる10年に一度の大祭が開かれる。」

    「大祭は、10日間あってね。
    民の祭りと王の神事で、女神に祈りを捧げるんだ。」

    「10年に一度の欠かせない祭なんだよ。」

    「僕らは、神事をしに行くんだ!」


    ……続く

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    月晶の雫 5

    旅の道のりは、とても快適とは、ほど遠く…厳しかった。

    蒸し暑い馬車の中。
    王都から離れるごとに、荒れていく道…
    ガタガタと大きく揺れる馬車。

    窓から覗く、乾いた大地が、更に渇きを誘う。

    馬車の窓から見た景色は、草も木も無い荒涼とした赤茶けた砂漠。
    とてもこの先に、緑豊かな街があるとは思えなかった。

    時折、私を気遣い陛下が馬車を止める。
    こんな時、旅慣れていない身が、みんなの足手まといかなとも思い、申し訳なく思う。

    退屈だろうからと時折、馬車に同乗して話しかけてくれる陛下。
    その陛下も、炎天下の中の移動で、とても暑そうだった。

    「僕は、旅慣れているからね。」

    気遣う陛下は、そう言って水の入った皮袋を差し出してくれた。
    水を求めていた私は、素直に受け取った。

    喉の渇きが満たされる回数が増えるたびに…
    水のありがたさが、身に沁みる。

    道すがら、陛下は碧林の都と泉の女神の話。
    祭りと神事について話してくれた。

    「……だからね、夕鈴。
    神事を執り行うのは初日の夜だから、民の祭りには、10日全部は行けないけど、初日だったら神事の前に行けると思うよ!」

    「面白いものもあるし……お忍びで、一緒に行こうね!」

    忍び出る気満々の陛下は、そう言ってイタズラっぽく笑ってくれた。

    ……面白いものって、何かしら?
    神事については、何も教えてくれなくて不安が多いけれど…
    民の祭りに参加できると聞いて、私の心は弾んだ。

    「お忍び用の碧林の衣装を、用意してもらうように頼んでおくよ!」

    「楽しみだね!」

    「はい!
    楽しみです!」

    そんな話をしているうちに、前方の地平線に黒い山が見えた。
    どんどんと近づいていく……

    「もうすぐ碧林に着くね!」

    「着いたら教えるから、少し眠るといい…。」

    「着いたら神官たちが、神事の打ち合わせで
    君についてまわるからね!」

    う……

    「そうなんですか?
    では、少しだけ……着いたら起こしてくださいね!」

    私はそう言って、陛下の言葉に甘えて、うたた寝することにした。


    ……続く

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    月晶の雫 6

    「碧林に着いたよ!夕鈴、起きて!」

    陛下の呼ぶ声に目覚めると…
    いつの間にか陛下に肩を抱かれて、寄りかかって寝ていたらしい。

    うわぁっ!

    「陛下っ!
    すみません!
    起こしてくれてれば良かったのに……」

    「初めての長旅で疲れていたんだね。
    気持ち良さげに寝てたから…寝せてあげたかったんだよ。
    よく眠れた?」

    「はい!ありがとうございます!」

    どうりで身体が痛くない。

    確かに、よく眠れたので素直にお礼を言ったその時、
    馬車の扉が静かに開いた。

    ひんやりとした冷たい水の香り…
    先ほどまで、赤茶けた荒れ地を来ただけに、水の気配に私はホッとした。

    でも、なんで砂漠の真ん中でこんなにも、水の気配が濃いのだろうか?
    これも、女神の恩恵?


    私は、馬車の外へ出て更に驚いた。

    真夜中に着いたので暗いのはわかるが、月も星も見えない。
    煌々と篝火(かがりび)が焚かれた、広いホールのような場所だった。


    …とても高い天井がある。
    天窓から、星空が見えた。

    不思議そうに上を眺める私に、陛下が囁く。

    「碧林の離宮は、先ほど夕鈴が見てた、岩山をくり抜いて作られているんだ。
    ここは、すでに離宮の中なんだよ。」

    篝火(かがりび)に照らされて、神官達が、整然と並んでいた。
    長らしき一人の老長(ろうた)けた神官が、口を開いた。

    「ようこそ、おいでくださりました。
    国王陛下、お妃様。」

    「出迎え、ご苦労!!!
    久しぶりだな。十年ぶりか?」

    「お出迎えもせず、失礼いたしました。
    ここは、年寄りばかり・・・
    こんなにも、早いお越しとは思っておりませんでしたので、出遅れました。
    お詫びを……」

    「分かっている。
    妃は、長旅に慣れていないのでな。
    ――――急がせた。

    妃を休ませたい。部屋は、用意できているか?」

    「おお・・・こちらが、噂のお妃様ですね。
    手はずどうり用意は、できております。

    長旅でさぞや、お疲れでしょう!
    早速、女官に案内させます。」

    「宜しくお願い致します。」

    私は、陛下と別れて、女官の後をついていった。


    ……続く


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    月晶の雫 7

    「お妃様、長旅でお疲れでしょう……
    こちらに、湯浴みの準備を整えております。
    まずは、旅の疲れを癒してください。」

    「馬車の中は、とても暑かったの。
    汗を流したかったから、嬉しいわ。」

    「……こちらにどうぞ。」

    案内された湯殿は、やはり自然の岩肌を活かした岩窟風呂で、とても雰囲気のある場所だった。
    僅かな水のせせらぎも、音が反響して聞こえる。

    不思議な空間。
    岩山をくり貫いて作られているのだから、すべてがこのような作りなのだろう。

    「お妃様、湯加減はいかがですか?」

    女官たちの声もよく反響する。
    それが、面白くて……

    王宮では、体験したことの無い現象に驚きを隠せない。
    溢れる透明な湯は、惜しみなく注がれ、いずこかへ流れていく。

    砂漠の離宮での水の贅沢な使い方。
    陛下に、湯浴みがここの最高級のもてなしと聞いていなかったら
    きっと、気後れして入れなかっただろう。

    そして、滾々と湧き出る豊富な水があり
    少々の湯浴みでは枯れない、碧林の街の豊かさの証明。
    驚きと感嘆と感謝で、私は湯を頂いた。

    湯上りに用意された夜着は、二つ。
    碧林の衣装といつもの夜着。

    私は、いつもの着慣れた夜着を選ぶと袖を通した。
    湯上りにさっぱりした肌に、着慣れた夜着が馴染む。

    私は、ようやくほっと一息ついた気がした。

    「お妃様、お飲み物はいかがですか?」

    小さな盆に青硝子の小さな盃。
    少し白濁した飲み物を渡されて、素直に受け取った。

    ペロリと少し味見すると爽やかな葡萄の味と芳醇な香り。

    ――――甘い。



    私は、安心してそのままイッキに飲み干してしまった。
    湯上りの乾いた咽喉に沁み込む冷たい飲み物。

    飲み干してから、気付いた。
    後から香る酒精の香りに・・・



    マズイ!!

    これ、強いお酒!!!

    身体がカッと熱くなる。

    気付いたと同時に、ぐらりと視界が傾いた。

    「きゃーーー!!! お妃様っっ!!!
    だれかっ来て!!!」

    その場で倒れた夕鈴に気付いた女官達の悲鳴は、
    夕鈴には、届かなかった。



    ……続く


    月晶の雫 8

    「何事だ!!!」


    侍女達の悲鳴を聞きつけた黎翔は、倒れた夕鈴を見て青ざめた。
    脈を計るといつもより、早い。
    床に転がる酒盃の香りを確かめ、毒の入っていないこと知る。

    「妃は、どうしたというのか?
    この状況を誰か説明せよ。」

    「恐れながら、陛下。
    湯上りに、こちら特産の白ぶどう酒を召し上がりまして
    お倒れになりました。」

    「まさか、ここまでお酒に弱いとは張老師より聞いていなかったもので……
    申し訳ありません。」

    「確かに、状況はそのようだな。
    妃は、泥酔しているようだ。
    旅の疲れもあって、酔いがまわったのだろう。」

    「まあよい。
    此度のことは、もてなしゆえのことだろう、不問とする。
    明日からは、葡萄液を用意するが良い。」

    「承知しました。」

    「このまま、私が部屋まで連れて行こう。
    部屋に案内せよ。」

    「こちらでございます。」

    湯殿に近い賓客の間に案内されて奥の寝台に夕鈴を寝かしつけた。
    こうなったのは、伝え忘れた老師の仕業に違いなかったが、
    逆に助かったのかもしれない。

    国王陛下の部屋は、一つ。

    妃と別室は、ありえない。

    来るべき神事のためにも
    彼女は、国王が愛する妃で、あり続けなければならず
    この先の神事はなりたたない。

    この碧林では、王都に帰るまで一つの寝台を黎翔と共にするのだ。

    もしかして、それさえも老師は計算していたのかもしれない。
    真っ赤な顔で、泥酔して寝てしまった夕鈴には、申し訳なかったが……
    黎翔もまた長旅で疲れていた。

    言い訳と説明と説得をする手間が省けた。
    すべては明日の朝、説明しよう……そう黎翔は、決め込むと
    寝台に一人眠る、夕鈴に寄り添うように、黎翔は隣に滑り込んだ。

    そのまま彼女を引き寄せて、瞳を閉じた。

    腕の中の温かな彼女のぬくもりに、ゆっくりと穏やかに眠りに落ちていく。

    静かに離宮の夜は、更けていく。

    誰も、国王と妃の眠りを邪魔する者は居なかった。


    ……続く



    月晶の雫 9

    ……んっ。

    …暑ぅ……。

    真夜中に、夕鈴が身じろぎして僕は目が覚めた…

    「どうしたの?
     夕鈴?」

    「お水、飲みたい……」

    夕鈴は、ガバッと寝台から起きて立ち上がったものの…

    すぐに、へにゃりと床に、座ってしまった。

    「お…水……」

    「夕鈴!?……大丈夫!?
    ……もしかして、まだ酔っている?」

    「水だね!?
     ……ちょっと、待ってて。」

    僕は、慌てて寝台から抜け出して、
    枕もとの水差しから冷たい水を水盃に移して夕鈴に差し出した。

    「夕鈴…水だよ。一人で飲める!?」

    「ん………」

    「ありがろうございます………」

    夕鈴は、とろんとした目で
    僕から水の入った盃を受け取った。

    両手で盃を持ち、子供のように水盃を飲む。

    白い咽喉が、コクリと鳴った。

    「もう一杯いる!?……夕鈴。」

    「ん………もっと。」

    「ちょっと、待っててね。」

    二杯目の水を夕鈴に差し出そうとした時、僕はギョッとした。

    「なっ……夕鈴!!
     ちょっと、待った。」

    振り向いた夕鈴が、夜着を脱ごうとしていた。
    白い両肩が露になり、豊かな双丘も零れ落ちそうだった。
    僕は、慌てて駆け寄り、夕鈴の夜着を引き上げ両肩を隠した。


    「なにしてんの?」

    邪魔をされた夕鈴は、むうっと口を尖らせた。


    「……暑いから、脱ぐの!!
     ……陛下、傍に寄らないで下さい。
     暑いです!!」

    「……ゆーりん。」

    可愛い君は、酷いことを言う。
    酔っ払っていると分かっていても、僕の心はグサリと傷ついた。

    「……ふぅ。
     暑い。」

    そう言って今度は、腰紐に手をかけた。
    ホントに酔った君は、性質が悪い。
    何処まで、脱ぐつもりなのか。

    「……それも、ダメ。
     風邪引くよ!!」

    僕は、夕鈴の腰紐を結びなおしてあげた。

    「ゆーりん。
     すごく酔ってるね。」

    「酔ってないもん。
     ……陛下の意地悪。」

    「酔ってるよ。
     さぁ……夕鈴、いい子だから、大人しく寝ようね。」

    「酔ってなんかないですっ………………。」

    「…………陛下。」

    「……ん?何、夕鈴?」

    じとぉーーーと、無言で見つめてくる夕鈴。
    なんだか嫌な予感がする。

    「………………。」

    「……夕鈴?」

    「ふぅーーーーーん。陛下、なんだか手なれてますよね。」

    「……………………(なにが)?」










    「ふぅん……そーーか。そういうことか。」

    「陛下は、こういうことに慣れているんですね。」





    「陛下のすけべ。」

    ぽそっと呟いた一言を黎翔は聞き逃さなかった。

    「……は?
    夕鈴、それは何か誤解している!」

    慌てて訂正しようとしたら、夕鈴の両手で口を塞がれてしまった。

    「言い訳は、結構です。
    何もかも、わかっていますから。
    何も言わなくていいです。」

    「私、分かってますから。」

    君に誤解されたまま、僕は眠れるわけが無い。
    僕は、華奢な手首を掴み取り

    「誤解だ!」

    と訂正しても酔った夕鈴は、ツーーンとして、ぜんぜん聞き入れてはくれなかった。
    真夜中の国王夫妻の騒ぎは、寝静まった離宮の誰一人気付かなかった。


    ……続く



    月晶の雫 10

    「ぶぇ―クションっっ!!!」

    突然の大きなクシャミと共に、
    夕鈴は、両肩を自分で抱きしめた。

    「さむ……」

    ガタガタと小刻みに震えて寒そうだった。

    砂漠の夜は、冷え込む。
    ましてや、床にへたり込んだままの夕鈴は、
    僕より先に身体が冷えたのだろう…

    思ったとおりになってしまった夕鈴に、
    僕は少しため息まじりに、片手を差し出した。

    「身体が、冷えたんだね。
    夕鈴、風邪をひいてしまうよ。
    まだ真夜中だ。
    寝台に戻ろう!」

    僕は、夕鈴の片手を引き寄せて、
    へたり込んだ床から立ち上がらせた。





    僕が触れると、夕鈴は、一瞬ピクリと反応した。
    今度は、素直に立ち上がってくれた。

    そのまま……
    夕鈴を寝台まで、連れて行こうとすると…… 彼女は来なかった。

    「……夕鈴?」

    無言で立ち尽くす君に、僕は声を掛けた。

    「……どうしたの?」










    「あったかい……」



    小さな呟きと共に突然、夕鈴に抱きつかれた。
    自然、夕鈴にタックルされた形になり寝台に倒れこむ。

    「危なっ!
    うわぁ……!!!」






    ゴツン……☆



    大きな音がした!
    僕は、倒れた勢いで寝台のどこかに頭をぶつけた。

    目の前で、星が飛び散ったような強い衝撃!
    涙が滲む。

    ズキズキッ…と打ったところが痛むが、痛がってる場合じゃなかった!









    「ちょっ!

    ゆーりんっ!
    シッカリして!

    …うわぁぁ――……ヤメ!!」

    僕は、彼女に抱きつかれたまま…
    寝台に押し倒された形になった。

    そのまま…柔らかな彼女の身体が、グリグリ…と僕に押し付けられる。
    スリスリ…と、擦りよってくる夕鈴!

    夕鈴の弾力のある柔らかな胸が、僕の……に当たる!

    ヤバい…!!!

    ダメだ!ゆーりん!





    「ゆーりん! ゆーりん!
    正気に戻って!


    コレ以上、ダメッ!」

    過去最大級の焦りと彼女への必死の警告!
    僕の焦った声が、寝台に木霊した。




    ……ところが。




    「…うふふ。


    湯たんぽ。
    ぬっくぬくぅ。


    …スゥ……スゥ……」

    実に、平和でおだやかな夕鈴の寝言。

    (え?………湯たんぽ?)

    規則正しい彼女の寝息が、聞こえた。
    どうやら、夕鈴は眠ってしまったようだ。





    今までものスゴく焦ってた分、奈落に突き落とされたような脱力感。

    (……ゆーりん)

    微笑みを浮かべる君の寝顔が、憎らしい。



    (……もしかして夕鈴にとって、僕は異性としても見られてない? )



    ……つ……疲れた……










    ――――その夜。

    寝直した夕鈴は、黎翔に温められて
    健やかな眠りに落ちた。




    一方、黎翔は穏やかに眠る夕鈴の隣で
    眠れぬ一夜を過ごした。


    「――痛っ!」

    ズキズキと痛む頭と
    腕の中で幸せそうに眠る彼女の言葉に、
    一晩中、眠れぬ夜を過ごしたのだった。


    ……続く。

    月晶の雫 11 ※離宮編

    温かなぬくもりの中でまどろむ私の耳に、微(かす)かな寝息。
    普段は、一人寝のはずなのに……
    私以外の誰かの気配に、ぱちり…と私は目が覚めた。

    見慣れぬ天井と寝台の造りに、
    そういえば離宮に着いたのだったと思い出す。

    スゥ…スゥ…スゥ…スゥ…スゥ…

    規則正しい寝息が、背後から聞こえてくる。
    振り向いた瞬間、一瞬で固まった……

    ……ひっ!

    私は、悲鳴を飲み込んだ。

    そこには穏やかな寝顔で眠る陛下の姿。











    夢……かな?

    信じられなくて、もう一度目を瞑(つむ)った。

    だけど、夢から目覚めない!

    ほっぺたを片方つねってみる。

    ……痛い!

    やっぱり目が覚めなくて、両方の頬をつねってみた。

    ……もっと……痛い。

    痛すぎて、涙が出てきた。

    「いふぁ…い…」

    その言葉に…

    「くっくく……」

    お腹を抱えて笑う人。
    寝ていたはずの陛下が、笑いだした。

    私の今までの百面相を見られていたのかと思うと、
    私は、恥ずかしくて“かぁ~~”と身体が熱くなる。

    陛下も、人が悪い……
    ……起きているのなら、起きてると言って欲しかった。

    スゥ……と、大きな深呼吸を一つして、
    大きな声で陛下に仕返ししてやろうと身構えた!

    「きゃああ…ングッ……」

    その声に驚いた陛下が、口を塞ぐ!

    「夕鈴、しぃ……静かに!!!」

    先ほどよりも、近づいた陛下との距離に、私は目を廻しそうだった。


    ……続く


    2013年
    12月04日
    09:26

    月晶の雫 12 ※離宮編

    「きゃああ…ングッ……」

    夕鈴の声に驚いた私は、慌てて夕鈴の口を塞いだ。

    「夕鈴、しぃ……静かに!!!」

    私の吐息が、かかる至近距離に
    夕鈴は顔を赤らめて、目を回しているが、かまってなどいられない。
    ここで騒がれては、とても困る。

    岩山をくり抜いた洞穴のようなこの部屋は、
    とても反響し、ましてや悲鳴など……
    ひと騒動になるのは、明白だった。

    「夕鈴、ここは昨日着いた離宮だ。
    僕達は、夫婦なのだから、同じ部屋なんだよ……」

    騒がないと約束してくれるなら、この手を外してあげると言うと、
    夕鈴はこくこくと頷いて、すっかり大人しくなった。

    「いい子だ、夕鈴。」

    流れる金茶の髪に、私は指先を差し入れ
    艶やかな髪の感触を楽しむ。

    旅の間に、近づいたと思った距離は、
    まったく変わらなくて、
    君との距離の切なさに、昨日までの長旅が名残惜しく感じた。

    かいつまんで昨夜の出来事を説明すると、
    夕鈴は申し訳なさそうに、眉をへの字に下げて謝罪した。

    「陛下に、ご迷惑をおかけしたようで……すみませんでした。」

    「どうしても君が、嫌がるのなら別な部屋を用意できるが
    ……出来れば、このままの部屋にしてほしい。」

    「僕達が執り行う神事は、仲睦まじい夫婦が行う。」

    「神事を行う前から別部屋で、不仲ではと疑問をもたれてしまう。
    僕らはこのまま……同じ部屋・寝台で離宮を過ごしたいんだ。」

    「神事では、仲睦まじい国王夫婦が執り行うのですか?」

    「そうだよ。
    僕らは、潔斎をして3日3晩女神の泉に引き籠もる。」

    「僕らだけで、女神に祈りを捧げるんだ。」




    ……続く

    月晶の雫 13 ※離宮編

    うわぁ……空が青いわ。
    何度、見ても不思議。

    夕鈴の頭上には、ぽっかりと丸い空。

    碧林(へきりん)の離宮にある
    屋上庭園は静かで……

    「お妃様、そんなに顔を上げては、
    躓いて危ないですわ。」

    クスクスと、笑う侍女たちの言葉に、夕鈴はハッと我に返った。

    危ない……危ない……
    お妃らしくなかったわ。
    口をあんぐり開けて、空を見てるだなんて……
    失敗したわ。

    羞恥で頬が熱い。
    耳朶も熱を帯びてきた。
    きっと、耳まで真っ赤だわ。


    夕鈴は、侍女たちの視線を遮るように
    大袖で、顔を隠した。

    「とても不思議なので……」

    もう一度、視線を空へ戻すと真っ青な乾いた空。
    対照的に、ここは緑と水の気配が、濃かった。

    火照る肌に、冷たい水の気配は、心地よい。

    色彩鮮やかな花々が、清冽な水を湛えた噴水を中心に配されている。
    屋上庭園の名にふさわしく、周囲を神殿の切り立った岩山が囲っている。

    花々には、鳥や蝶が集い、生き生きとした色彩に溢れる。
    天界の庭園もかくやの美しさだった。


    岩山の向こうは、乾いた砂の大地。
    緑など草の一本もない。
    岩一枚隔てた、この大きな違い。
    夕鈴は、そのことが不思議だった。

    侍女が言うには、これが泉の女神の加護なのだという。
    この奇跡を持続させるために、神事は定期的に執り行われ、
    この土地は、水に潤い豊かなのだという。

    「それにしても陛下は遅いですね。」

    侍女の陛下という言葉に、夕鈴は、ドキリと心臓が跳ねた。
    今朝の近すぎる距離。陛下の顔を思い出す。

    侍女の声が無かったら、二人ともしばらくあのままだったことだろう。
    今夜も、同じ部屋で陛下と寝台を共にするのだと思うと、ドキドキが止まらない。
    しかも、神事は三日三晩。
    昼も夜も、陛下と二人っきりだという。

    片思いだけど、陛下が好きだからこそ
    これは、なんて心臓に悪い。
    夕鈴は、平静を装いながら侍女に話をあわせた。

    「神官長殿とのお話が、弾んでいるのでしょう。」

    「お妃様、今度はこちらの庭をご案内いたしますわ。
    果物のなる木々を植えたフルーツガーデンです。」


    「まぁ、どこからか甘い香りがすると思っていましたが、果物の庭園ですか。
    実が、生っているのですか?」

    「異国から取り寄せたオレンジが、たわわに実っております。
    のちほど、お部屋に届けましょう。」

    「ありがとう。
    それは、とても楽しみだわ。」

    夕鈴は、侍女に連れられて緑の木陰に消えた。


    ……続く

    月晶の雫 14 ※離宮編

    「神官長
    待たせたな…」

    「お待ちしていました。
    陛下。」

    神殿の奥。
    とある一室。

    「本当に、お久しゅうございます。
    以前お会いしたのは、王宮でございましたでしょうか?
    あの頃は、北の離宮に旅立つ前でございま……「神官長。」」

    「内密の用件があると私を呼び出したのは、昔話をするためか?」

    鋭い視線で神官長を睨むんでも、
    神官長は、それに動じず。
    柔和な微笑みを黎翔に、向けただけだった。

    「…陛下には、すでにご用件はお分かりのはず。
    まずは、お座りください。
    話し合わねばならないことが、山とおありのはずです。」

    黎翔は、神官長に勧められたまま……
    小卓の椅子の一つに腰掛けると、
    神官長は、皴のある手で、茶を差し出した。

    「州特産の月桃茶をどうぞ。
    冷たいお茶ですが、暑い日には身体の疲れがとれます。
    長旅の疲れを癒してください…」

    そう言って神官長は、黎翔が一口飲むのを待っていた。

    どうやら一口飲まねば、話はするつもりは無いらしい。
    向かいに座った神官長の顔と茶を交互に見ると

    「へんなものなど、入っておりませぬぞ……」

    と、苦笑うのだった。

    もとより、信厚い神官長の勧めるお茶。
    毒など疑ってはいないが・・・
    哀しいかな。
    王族として生まれた身では、疑うことが身を守る手段。
    変わってしまった月日に、自然と身構えてしまう
    王としての自分を黎翔は、嘲笑った。










    「……甘いな。
    不思議な味がする。」

    「王都では、なかなか出回らない品ですゆえ……
    はじめてお飲みになる方には、癖をかんじられますかな?
    効能もよく夏バテ知らずのお茶なのです。」

    「神官長、お茶も飲んだ。
    そろそろ本題を話してくれぬか?」

    神官長は、陛下付きの次官・神官達に向かい、

    「しばらく陛下とこみ入った話をする。
    隣室にて、私が呼ぶまで待機するように」

    そう告げると、人払いをした。

    ……続く
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    月晶の雫 15 ※離宮編

    誰も人が居なくなったことを、確認すると……
    神官長は、おもむろに口を開いた。

    「陛下とお妃さまの仲の睦まじさは、辺境に住む私どもの耳にも届いております。
     まさか、これほどとは、思いもしませんでしたが……」

    「……どういう意味か?」

    「慈しむあまり、お手をつけていないご様子。」

    「分かるのか?」

    「いままで何組もの神事を見届けました。
    お二人の振る舞いや気遣いで、すぐに分かりました。」

    「このまま……神事を進めることを、憂慮しております。
    お妃さまには、神事を何とご説明しておられるのですか?」

    「彼女には、何も伝えていない。
    万事、何も問題は無い。
    神事は、私達の手で執り行う。」

    「陛下……それでは、お妃さまのみならず、陛下まで傷つかれることでしょう。
    何も、神事は今年、王族で執り行わずともよいのです。」

    「今年、婚儀を迎えた若い夫婦は、村に大勢おります。
    その中の一組で、神事を執り行えば、1~2年は、持ちましょう。」

    「だが、王族でないものは、10年は持たない。
    神官長、この国の為にも神事は予定通り執り行う。」

    「陛下、三日三晩のこの神事、偽りの夫婦では、女神は喜びません。
    お妃さまは、歌を歌えないことでしょう。」

    「神官長、くどい。
    手は打つつもりだ。
    神事は、予定通り執り行う。」

    「……お妃さま……しいては、陛下の恩為ですぞ。」

    「分かっておる。
    もう、話はよいな。」

    話は、もうすんだとばかりに、部屋を出ようとする黎翔は、
    途中足を止めて振り向いた。

    「時に神官長。
    張老師から、話は聞いているな?」

    「はい。
    万事ぬかりなく今夜の手はずは、整っています。」

    「陛下の衣装も
    お妃さまの衣装も
    村人と変わらぬものをご用意しております。」

    「神事までには、戻る。
    安心して、手筈を整えて待つように……」

    「承りました。」








    「陛下とお妃さまの幸運をお祈りいたします。」

    恭しく陛下を見送る神官長の唇から、小さく呟かれた言の葉は、
    黎翔の耳には、届かなかった。

    ……続く

    月晶の雫 16 ※離宮編

    「お妃様、
    今度は、こちらのお菓子はいかがでしょうか?
    オレンジを器に使った冷たいデザートです。」

    「まあ。
    冷たくて…美味しいわ。」

    「こちらも、いかがですか?
    オレンジの果i肉を生地に、乗せて焼きあげてあるお菓子です。
    たっぷりと、蜂蜜をかけてお召し上がりください。」

    「こちらも、美味しそうね。
    ……だけど、残念。
    そんなに食べられないわ。」

    夕鈴は、離宮の奥庭の四阿で
    侍女たちの勧めるがまま、
    お茶を楽しんでいた。

    目の前には、この庭で採れたばかりの新鮮なフルーツと
    それらを使ったお菓子が所狭しと並んであった。
    とても夕鈴一人では、食べきれない。

    キラキラと煌く
    木漏れ日にオレンジが揺れる
    瑞々しくも甘い果実の香り
    そして、甘酸っぱいお菓子の香り。

    休憩のつもりで立ち寄った四阿で、
    いつの間にか飲茶のようなご馳走が次々と運ばれてくる。

    どうしよう。
    とても一人では、食べられないわ。
    でも、私の為に用意されたもの。
    むげには、断れない。
    …………陛下、早く来てくれないかしら。

    そんなことを考えていたら……

    「ここにいたか?
    探したぞ、夕鈴。」

    突然聞こえた狼陛下の声に
    ドキン
    大きく心臓が跳ねた。

    …続く

    月晶の雫 17 ※離宮編

    「陛下。
    お待ち申しておりました……」

    立ち上がろうとした夕鈴を黎翔は、手で制した。

    「夕鈴、そのままでよい。
    この庭園は気に入ったか?」

    「はい。
    とても珍しい花や果物で……
    花一輪さえも、王都では見られないものばかりでした。」

    にっこりと、微笑む夕鈴に
    黎翔は、目を細めて微笑むと
    四阿の傍らに咲いていた、薄紅色の大輪の花を手折った。

    「花簪が萎れている。
    私が、この花を挿そう。」

    スッと、萎れた花を抜き取ると、代わりに今手折ったばかりの瑞々しい花を
    夕鈴の髪に挿し入れた。

    「この方が、よい。
    君の愛らしさを引き立てる。」

    「あ・・・ありがとうございます。」

    黎翔は、耳元で囁くと
    真っ赤になって、うつむき加減に、小さくお礼を呟いた。

    傍らの侍女達は、噂以上の仲睦まじさに微笑む。
    とても偽者夫婦とは、思えない陛下の演技力に
    夕鈴は、なんとか恥ずかしさを押さえて微笑むのだった。

    四阿の卓を、黎翔が一瞥すると……

    「……美味しそうだな。
    夕鈴、昼餉 はまだか?
    ここで、私と昼餉にしようか。」

    「分かりました。
    では、今すぐご用意させます。」

    「いや、いい。
    コレでよい。
    見れば、新鮮で美味しそうなものばかり」

    「そのかわり、夕鈴。
    私にお茶をくれないか?」

    「分かりました。
    では、そこでお待ちください。
    只今、ご用意いたします。」






    緑濃い庭園の四阿
    甘酸っぱいオレンジと南国の花々の間を
    煌く青い蝶が、楽しげに舞い遊ぶ。

    ゆったりとした時の中で、
    黎翔と夕鈴は、つかの間の(偽)夫婦の時を過ごすのだった。

    ……続く

    月晶の雫 18 ※離宮編

    「……あの。
    コレは、いったいなんなのでしょう!?」

    顔を真っ赤にしながら、彼女が囁く。
    彼女は黎翔の太腿に横座り、彼の脚の間に脚を挟まれ、両手で腰を支えられていた。
    密着感が、半端ない。
    少しでも距離を離そうとするのは、とても彼女には無理だった。

    「……我が妃よ。
    何か不満か?」

    涼しい顔をして、切れ長の目が笑う。
    明らかに、面白がっているらしい。
    陛下は、素知らぬふりをして、彼女に問うた。

    「……だって
    こんな格好」

    ……恥ずかしい。
    好きな人の脚の間に挟まれてるだなんて。

    「……夕鈴?
    仲睦まじい夫婦は、稀に、このようなことをするそうだ。
    ……不服か?」

    …え?
    本当に?

    仲睦まじい夫婦の演技なら、仕方ないけれど……
    今は、侍女も下がらせて二人っきりなのに。
    演技なんて必要ないんじゃ……

    二人っきり……

    うっ……
    やだ。

    なんか緊張してきた。
    私だけ、陛下を変に意識しているの馬鹿みたい。

    先ほどから、陛下に抵抗して膝から降りようと努力しているのだけれど。
    ますます戒められて降りることが叶わない。

    陛下は、そんな私を見て面白がっているようだし……悔しい~~


    とにかく現状を打破するのよ、夕鈴!

    私は、唇を尖らせて、膨れっ面をしてみせた。

    「不満など……
    私は、不敬ではないかと恐れ多くて……」

    「不敬?
    君が?
    ……何故?」

    「王と妃である前に、
    私は君の夫であり、君は妻だ。
    夫が妻を膝に抱えて、愛おしむのに何の不敬がある?」

    「…だって。
    だって、だって~~」

    だから、今は演技は必要ないんじゃ……
    バタバタと手足をばたつかせ、幾度目かの抵抗を試みるも……

    「暴れぬな、夕鈴。
    私から落ちるぞ」

    「////////んなっ!!!」

    引き寄せられ、頬に軽く口付けされた。



    「……それに。
    今は、昼餉の時間だ」

    「私は今、両手が塞がっていて食べられない」

    「君が食べさせてくれなければ…
    私は、餓死してしまう」

    「陛下。
    大袈裟ですわ」

    「私を膝から下ろしてくだされば、
    両手は自由ですし、ご自由にお一人で食べられますわ」

    名案だというように、一人で納得して晴れやかに笑う君だけど、
    僕がそんなに簡単に、君を離す訳無いじゃない。

    顔を曇らせ、弱った小犬のような懇願の表情を作る。
    君は、これが僕の演技と知っていても、僕のお願いは断れないから。

    「夕鈴。
    それじゃ……食事が楽しくない。
    君が手ずから食べさせてくれるから、美味しいのに……」

    ~~~~…。
    ずるいわ、陛下。

    私、このうるうるの瞳に弱いのよ!
    強く断れないじゃない。



    ふぅ~~…

    完敗です。


    「陛下。
    ……負けました!」

    顔を真っ赤にしながら、僕に不平不満を率直に口にする娘。
    それでも、彼女に腹がたたないのは何故だろう?
    私の膝の上で頬を染めて、恥じらいつつも、私の口に食事を運ぶ甲斐甲斐しさ。

    至近距離で、君の潤む大きなハシバミ色の瞳を見つめる
    僕の姿を君の瞳に見付けると、君の視線を独り占めしていることに安堵する。

    …君をもっと困らせたいな…

    そんな心の機微に気がついて、僕は苦笑した

    …君だけなんだ。
    僕が、我が儘を言いたい女性は…

    …君を、もっと独占していたい…

    「……夕鈴」

    「はい。
    何でしょうか!?
    陛下」

    ……この心の距離が、もどかしいよ 。
    僕を陛下と呼ばないで……

    「夕鈴」

    「はい…?」

    何度も君の名を呼び掛けて…
    切ない気持ちの言葉を呑む

    (……愛してる)

    先へ続く言葉は、まだ君に言えなくて。

    君の瞳の色が、変わるのを怖れて言えない。

    もしも、君が好きだと伝えたら

    恐怖の瞳に凝るのだろうか?
    それとも、変わらぬ瞳で見つめてくれるのだろうか?
    ……それとも。


    君との関係を壊したくない。
    だけど、その先の関係に進みたくて。

    僕は臆病にも、君の気持ちを強請る代わりに
    卓に並ぶ料理に言葉を置き換えて、夕鈴に食事をねだった。


    まるで
    雛鳥のように……


    ……続く。

    2016.01.05.初稿