花の四阿

    Lala掲載の『狼陛下の花嫁』二次小説のブログです。某SNSで書き溜めた小説の他・イラスト・詩文・写真・徒然日記・一部鍵つきを掲載しています。

    【長編】『楼蘭』―再会編―46  ※要注意!古代パラレル

    楼蘭





    流れる裳裾が、わずかな風に翻る 。

    ここは楼蘭王宮の夕鈴の自室。
    懐かしさよりも見知らぬ場所に迷い込んだような違和感に
    夕鈴は苦笑した。

    それだけ離宮で過ごした時間のほうが、長かったのだとということ。
    ただ単に、そう言うことなのだが……


     少しは懐かしさを感じるのは、やはり生まれ故郷だからなのだろうか?

    ロブ=ノール湖からの旅支度を解き、砂漠の砂埃を湯浴みで落とし、
    父王への帰城の挨拶をする為、準備を整えている夕鈴。

    この城には油断ならない漢の武帝の使者もいるという。
    きっと気の抜けない父王への挨拶となろう。
    謁見の間には、その使者も自分を待ち構えているに違いない。

    表情を読み取れ難くするため、幾重にも重ねたベールを夕鈴は女官に指示した。
    私が、本当は漢帝国へと嫁ぎたくないなとど、武帝の使者に気取られてはならない。
    変な噂を、武帝の耳に入れたくない。
    この婚約は破棄してはならないのだから。

    幸い私は、武帝の婚約者。
    主君の婚約者を、マジマジと直視する者も居ないだろう。

    婚約者のいる年頃の娘が、
    他所の男の目から顔を隠すのは普通のことだった。
    夕鈴が幾重にも重ねたベールで、顔を隠すのは使者に対して失礼ではないはずだ。

    蜻蛉の薄羽根のような薄紅色のベールを、幾つも重ねて夕鈴は豊かな表情を隠した。
    夕鈴からは良く見えるが、使者からは、これで夕鈴の表情を窺がい知ることは出来ないはず。

    少女だった頃と違う、女性らしいたおやかさと、優雅さを強調する衣装。
    少女から婚期の女性として成長した姿。
    武帝の婚約者として、楼蘭王国の王女としての存在感を、
    夕鈴は謁見の間に居る者、皆にアピールせねばならなかった。

    それが王宮へ帰城した最初の彼女の役割であり、仕事だった。

    “楼蘭の王女は、武帝との約束を忘れてはいない。
    楼蘭は、帝国との約束を破らない。
    夕鈴姫は漢帝国へ嫁ぐ意思があり”
    との意を夕鈴は、見える形で示さねばならない。

    儀式めいた【帰城の挨拶】
    そんなものは早く終わらせて、早く父と二人きりで話がしたかった。
    気兼ねなく話せるのは、深夜になってからなのだろうか?

    長椅子に座り、漢風の絹仕立ての小さな靴を女官に履かせてもらいながら、
    夕鈴はベールの内側で、そっと気重な溜め息をついた。

    窓から見える、涼やかな木陰も今の彼女を和ませない。
    はしばみ色の大きな瞳は暗く憂いた。
     
    ピリリと……総毛立つような嫌な緊張感が、夕鈴を妙に高ぶらせていた。


    ……再会編・47へ 続く





    2016.03.18.改訂
    2013.04.23.初稿
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    【長編】『楼蘭』―再会編―47  ※要注意!古代パラレル

    楼蘭







    城を離れていた……
    この国の王女の帰還に、主だった貴族達が謁見の間に集まった。
    皆、夕鈴姫の成長を、ひとめ見ようと、自然に集まったのである。


    朗々とした夕鈴姫の到着を知らせる
    先触れの声が、謁見の間に響き渡る。

    ……と同時に、重厚な作りの謁見の間の中央の大扉が
    音も立てずに少しずつ大きく開いていった。


    薄暗い室内に目が慣れていた人々は、真昼の陽光の外の輝きに、誰もが目が眩んだ。

    ――――その眩い光の中に夕鈴姫は居た。

    人々が固唾を呑んで、見守る中
    静々と姫は、謁見の間の中央へと、歩を進める。

    ぴりり……とした人々の期待と緊張感、一斉に自分に集まる様々な視線を感じて
    夕鈴は、足が震えた。

    何も……考えるまい。
    ただ私は、父に挨拶しに来たのだ。

    背筋をピンと伸ばし、視線は真っ直ぐに……
    謁見の間の奥にいるであろう、父に久しぶりに会えることだけを
    彼女は考えた。

    会うのは、いつぶりだろう?
    なかなか会いに来てくれない父を、困らせる手紙を送ったこともあった。

    “父に、やっと会える”
    そう考えるだけで、夕鈴の心に勇気が湧いて
    自然と微笑みが浮かんだ。

    ひと足。
    ひと足。
    歩む……勇気が生まれた。

    静寂に包まれた謁見の間に、夕鈴の絹擦れる音だけがする。
    これだけの人々がこの場にいるというのに、話し声一つ、物音一つしない。

    皆の視線が、自分に注がれていることに、彼女は肌で感じていた。
    痛いほどの視線が彼女に突き刺さる。

    逃げ出したいのに
    ――逃げ出せない。

    見渡せば、長きに渡る楼蘭城の不在。
    昔なじみの見知った者は、少なかった。
    代わりに、目に付く漢帝国風の衣装。
    王宮内部にまで入り込む漢の役人に、夕鈴の緊張感が強まる。

    生まれ親しんだ温かな楼蘭王宮の名残は少なくて
    父王の苦労が忍ばれ、夕鈴は胸が締め付けられた。

    自分が城に居れば、少しでも父を慰められたのかもしれない
    という思いがしてならない。

    でも、夕鈴に残り少ない自由な時間をくれた父には
    彼女は深く感謝していた。

    きっと王宮では、監視のような帝国の目と耳が多くて
    自分は、伸び伸びと暮らせることなんて出来なかっただろう。

    王宮を去り、ロブ・ノールの湖に佇む離宮に隠れ暮らした年月。
    一時であっても、帝国の皇帝に嫁ぐ身を忘れられた。

    ロブ・ノールの離宮で、
    一生知ることは無いと思っていた、恋を知った。
    たとえ報われない恋と知っても、愛する心と ときめき を味わった。

    ――――そして彼女の楼蘭王女としての時間は、もうすぐ終わりを告げる。

    帰城すること。
    すなわち帝国への輿入れの日が迫るということ。
    チラリと、両脇の漢帝国の出迎えの者たちを見廻した時。










    ――――夕鈴に衝撃が走った。

    漢の武帝の使いである将軍の隣には、

    ロブ=ノールの離宮で、夕鈴が恋をした
    愛しい白陽国国王・珀黎翔王の姿があった。

    ……再会編・48へ 続




    2016.03.18.改訂
    2013.04.23.初稿
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    【長編】『楼蘭』―再会編―48  ※要注意!古代パラレル

    楼蘭





    謁見の間の中央を大勢の出迎えの人々が見守る中、長い裳裾をひいて
    夕鈴姫が父王の玉座のもとへと、静かに進んでいく。

    幾つも重ねた薄紅色のベールで花の顔(かんばせ)を隠し、
    控えめな襟ぐりや袖のデザインながらも、婚期の女性らしい豊かな胸と折れそうな細いウエストを強調させる
    白銀の錦の幅広の帯で引き締め、華奢で女性らしい豊かな曲線美を際立たせた謁見の衣装
    薄絹の薔薇色の衣装が、チラリと垣間見える彼女の白い肌を引き立たせていた。

    華奢な手首には、細い金細工の輪が連なる
    清らかな音は彼女の足元からも、一歩ずつ歩むごとに涼やかに聞こえた。

    薄紅色のベール越しに、夕鈴姫の艶やかな金茶の髪が揺れ動く
    微笑みの弧を描く明るく艶やかな薔薇色の唇が、歩みを止めぬ風にめくれベール越しに垣間見えた。

    夕鈴姫の柔らかで優美な微笑み。
    人々を魅了する楼蘭王女の微笑み。

    あれほどまでに焦がれ、毎夜夢にまで見ていた愛しい彼女の姿。
    なんて近くて遠い存在なのだろうか?

    今、目の前にいるのに触れ合えない。

    黎翔には、触れられないこの距離がもどかしかった。
    夢ではない本物の彼女の美しさに息を呑む。

    黎翔はドキドキ……と胸の動悸が早くて苦しい。
    呼吸さえ、ままならない苦しい時間が過ぎていく。





    ――――あの夜。

    自分だけを見つめてくれた彼女の美しい瞳。
    今は幾重ものベールに隠され見せない、その瞳。

    黎翔は、もう一度自分だけを見つめる
    夢見るような憂いを帯びたハシバミ色の瞳が見たかった。

    数日前の鮮やかな夢を思い出す。
    甘やかな口付けの夢の逢瀬。

    彼の腕の中で夕鈴姫は
    ――――花綻ぶような輝く笑顔で、微笑んでくれた。

    黎翔の心は夕鈴姫へと駆ける。

    彼女をここから連れ去り
    その花の顔(かんばせ)を隠すベールを剥ぎ取り

    思う存分、彼女の柔らかな唇に唇を重ね口付けたい。
    あの日のように……

    と、同時に夕鈴姫との出立の約束を思い出していた。

    「黎翔様。
    お願いがあります。

    ここで見聞きしたことは、お忘れください。
    私は、ロブ・ノールの幻(まぼろし)なのです」

    その約束を自分は守らなくては、ならない。
    彼女の為に、自分の為に。

    約束は約束。

    それでも燃え盛る恋の焔は、止めることは出来ない。
    夕鈴姫のその姿を、熱い想いで見守る黎翔。

    ロブ・ノール湖の離宮を出立して、彼女と別れてから一ヶ月も経ってはいないのに……
    それでも姫に恋する黎翔には、ずいぶんと逢っていないように感じられた。

    抱き締めたい。
    再会の喜びを、夕鈴姫と分かち合いたい。

    ひときわ熱い視線を送る黎翔は、彼女を熱心に見つめるのだった。

    ……再会編・49へ 続く


    2016.03.21.改訂
    2013.04.23.初稿 続きを読む

    【長編】『楼蘭』―再会編―49  ※要注意!古代パラレル

    楼蘭






    ドキドキ……と、激しく跳ね上がる夕鈴姫の胸の鼓動。

    ――黎翔さま?

    見間違いだろうか!?
    否や、やはり見間違いでは無かった。

    楼蘭王都に向かった彼と王宮で会うことは予測できたはず……
    今更ながら、そのことを彼女は失念していた。


    武帝からの使者が来たという事ばかり考えていた夕鈴にとって
    黎翔の姿は、あまりに衝撃的で驚きを隠せない。

    それでも彼女は静かに歩みを玉座へと進めながら、必死で平静さを装った。
    脳裏には、蒋(しょう) 将軍の言葉が響く




    ………………………………

    ………………………………………

    「素直な表情は姫さまの長所ですが……
    それでは、漢からの使者に姫さまの真意を見破られてしまいます」

    「ベールを被り、表情を隠すのです。
    それと声に注意して……なるべく感情を面に出さないように、注意してください」

    ………………………………………

    ………………………………


    繰り返し、繰り返し……夕鈴は呪文のように、老将軍の言葉を思い浮かべた。

    幸い、漢の使者の隣に黎翔様は居た。
    彼を見ていたとしても、使者には、きっと気付かれては居ない。
    使者は自分を気にして、こちらを見ていたと思うだろう。

    夕鈴姫は、ベールの内側で気重な深呼吸を一つして、震えそうになる脚を、もうひと足、歩みを進めた。
    自分の鮮やかな朱赤の裳裾が重い。

    言葉も、何もかも手順どおりの儀式めいた父への帰城の挨拶。
    謁見の間を玉座まで堂々と渡り歩いて、父王に挨拶をする。
    ただそれだけのことなのに……

    永遠に届かない距離を歩いているかのような錯覚。
    なかなか辿り着かない玉座に、もどかしさが夕鈴姫を責め苛む。

    艶やかで華やかでありながら、重い衣装は、夕鈴姫の心を表しているかのよう……
    その重さは、彼女の逃れられぬ重責のようだった。
    どこまでも彼女にまとわりつく。

    気を取り直して頭を上げ、夕鈴姫は真っ直ぐに玉座の父を見据えた。
    背筋をピンと伸ばし、この場に居る賓客に自分の姿を誇示する。

    夕鈴姫は、謁見の間にいる人々の存在を、頭から追い払うことにした。
    もちろん黎翔の存在も漢の使者も、今は忘れた。

    久しぶりに城に帰った何も知らない楼蘭王国の王女として、自分は振舞わなければならない。

    一歩進むごとに、近づく懐かしい顔。
    父・比龍王。

    どんなに会いたかったか……

    懐かしさが込み上げてくる。

    久しぶりに会う父は、穏やかな光を湛えたはしばみ色の瞳で
    自分に微笑んでくれていた。

    昔と変わらない父の温かな笑顔。
    自分と同じ……感情豊かで嘘のつけない父の温かな出迎えに自然と夕鈴姫も微笑んでいた。

    武帝の目から自分を隠し、たとえ一時であっても自由を与えてくれた父。
    感謝しても、感謝し足りない。
    その代償は大きく、離宮に彼女が隠されてから、一度も父と会えなかった。


    “夕鈴姫が隠された場所を、武帝に知られたくなかった”


    そのことを知ったのは、自分が父に会いたいと我侭を言って
    叶えられなかった自分の誕生日の夜。

    「何故、お父様は会いに来てくれないの?
    お父様が、お止めになったのに、勝手に武帝と結婚を約束したからなの?
    私を、お嫌いになったから?」

    泣きじゃくり、乳母を困らせたあの日。
    まだ幼すぎた私は、何も理解できなかった。

    今ならば分かる。
    ――――それが父の優しさ。

    会いたくても、その心を知る夕鈴姫は、父に会いたい気持ちを離宮で封印した。
    やっと会いたくても会えなかった父の姿に、夕鈴姫の心は熱くなる。

    ようやく玉座の父の下まで辿りつく。
    跪(ひざまづ)き、夕鈴姫は頭(こうべ)を垂れた。
    夕鈴姫の長い裳裾が孔雀の尾羽根のように広がった。


    声が震えないように……
    落ち着いた声を出すことを心がけて……

    短いため息をひとつ。
    そっと吐いて夕鈴姫は帰国の挨拶を始めた。

    皆の緊張。
    謁見の間が、シン……と静まる。
    夕鈴姫の声だけが、静かに広間に響いた。

    「お久しぶりに、ございます。
    お父上」

    「帰国の命により……
    只今、帰城致しました」

    「待っておったぞ。
    夕鈴」

    「会いたかった……
    元気だったか?
    わが娘よ」

    「はい。
    わたくしも久方ぶりに、お会いできて嬉しゅうございます。

    お父上もお元気そうで……
    夕鈴も安心致しました」


    ……再会編・50へ 続く


    2016.04.22.改訂
    2013.04.25.初稿




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    【長編】『楼蘭』―再会編―50  ※要注意!古代パラレル

    楼蘭





    「わが娘よ。
    頭(こおべ)を上げよ」

    「ベールを上げ、
    父に久しぶりに、そなたの顔を見せておくれ」

    予定に無い父の行動。
    比龍王の言葉に、ハッとする夕鈴姫。
    戸惑う彼女は、父を見つめた。

    意味の無い言葉を言う人ではない。
    それは分かっているのに……父王の真意が読み取れない。

    「…………」

    今、ここで顔を見せて欲しいと願う意味。
    躊躇う彼女に、父王は促すように手を差し伸べた。

    「夕鈴」

    夕鈴姫がベールを外すのを躊躇し
    戸惑っていると、再び父が促す。

    父の言葉に逆らえない。
    広間の賓客が、自分の一挙一動を見ているのだ。

    夕鈴姫は、意を決しベールに手をかけた。
    父にだけ見えるように、ベールを捲り顔を見せればよいのだ。

    緊張からか、しきりに咽喉が乾く。
    謁見の間の皆が、夕鈴姫を注視していた。

    夕鈴姫の震える白い指先が、ベールを捲る。
    少しづつ露(あにわ)になる白い胸元。
    ……細い首
    ……花の顔(かんばせ)


    どこからともなく賓客から、
    ほぅ……と、賞賛のため息が聞こえた。

    伏せた長い睫が、頬に影を作る。
    少しづつ開かれるその瞳。

    大地に根付き、太古の昔から人々を見守る
    はしばみの大樹の色の大きな瞳。
    楼蘭王と同じ、血筋正しい王家の証。

    意思の強い瞳は、父・比龍王譲り。

    美貌は、西方の美姫と謳われた亡き母・藍鈴姫(あいりんひめ)譲り。

    遠目からも、夕鈴姫の美しさが分かる。

    「面差しが母に似てきたな、夕鈴。
    しばらく見ぬうちに、すっかり美しく娘らしくなった」

    母の面影を見ているのか……

    父王は慈愛に満ちた
    でもどことなく寂しげに微笑んだ。

    「もう顔を隠してもよいぞ。

    長旅で、さぞや疲れたであろう。
    ゆっくりと旅の疲れを癒すがよい」

    「その前に、お前に紹介しておきたい者がおる」


    ・……再会編・51へ 続く


    2016.04.23..改訂
    2013.04.25.初稿
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    【長編】『楼蘭』―再会編―51  ※要注意!古代パラレル

    楼蘭


    「その前に、お前に紹介しておきたい者がおる
    お前も既に見知っておろう……
    東の漢帝国の皇帝の懐刀、炎彬将軍。

    それと遠く西の小国、
    白陽国を治める国王・珀黎翔殿だ」

    あえて見ないようにしていた夕鈴が、その名を聞いて動揺した。

    父王である楼蘭国王に紹介された炎彬将軍と黎翔は夕鈴姫の前に進み出る。
    どちらの眼差しも痛い。

    推し量り、どんな些細なものでも見逃さないであろう厳しい眼差しの将軍と
    謁見の間に入ってから、熱心に見つめる黎翔王の熱い眼差しと。

    ……そんな眼差しで見ないでください。
    黎翔さま。

    気づかれてしまいます。


    顔にかかるベール越しでなく、素顔で相対したい衝動を堪え
    不審がられないように、夕鈴姫は、まず帝国の使者である炎彬将軍に向き合った。

    「お久しぶりですね、将軍。
    皇帝陛下は御健勝ですか?」

    先の楼蘭の遠征時に、武帝に付き添う姿を覚えていた夕鈴姫は、
    サッと立ちあがり将軍に向き合った。
    優雅に臣下の礼をとりながら、炎彬将軍は夕鈴姫の質問に答えた。

    「お会いできる日を心待ちにしておりました。
    ますますお美しくなられて、皇帝陛下もさぞお喜びでしょう」


    「皇帝陛下は、健やかであらせられます。
    姫が嫁がれる日が待ちきれないとのことで、
    私が護衛とお迎えを仰せつかりました」

    「それはご苦労なことです。
    でも私も、たった今、王宮に着いたばかり……
    すぐにと申されても困ります」

    「もう少し待っていただけないかしら?
    父とも、積もる話がしたいし……」

    「それとも私の夫となる皇帝陛下は、久しぶりの親子の会話を待てないほど
    狭量な方なのかしら?」

    「そんなことはございません。
    現に、姫とのお約束を守り
    十分に姫の成長を待たれたではありませんか?」

    「皇帝陛下にとって夕鈴姫は特別なお方。
    正妃の座をご用意してお待ちです」

    「それは先に嫁がれた貴姫たちの嫉妬が怖いわね。
    皆、正妃の座を欲しがるでしょうに。
    それに真に正妃と望んでいた方は私の母君だったのでしょう?」

    ゆらゆらと陽炎の如く瞼から消えぬ暗い焔の影
    次々と苦悶の影が揺らめく様が幻のように浮かんで消えた。


    ……皮肉なものね。
    望む方には、嫁ぐことが許されず。
    その手を取ることさえ叶わない。

    こんなにも、お傍に居るのに……

    つい本音が口から出てしまったのは、彼女の若さゆえだった。
    ーーー漢帝国と楼蘭王国の関係は、友好であらなければならない。


    そのことを、ふと忘れてしまったのは。
    彼女本人を望まれた婚儀ではなかったためだろう。


    苛立ちぎみの彼女の言葉に……


    「夕鈴!」

    父王の咎める声が響き、夕鈴姫はハッと我に返った。
    いつのまにか荒ぶる心のままに、将軍に対峙していた。

    将軍は、そんな夕鈴姫の態度にも余裕の微笑みを讃えていた。
    底の見えない微笑みは、得たいの知れない人物に見える




    あいかわらずめんどくさい国。
    そんなことをおくびにも出さず……夕鈴姫は、多少慇懃無礼に将軍の答えをかわしながら
    適当に、話を切り上げた。

    どうせ嫁ぐのは変わらない。
    この将軍にどう思われようと彼女にはどうでもよかった。


    *****

    次に、夕鈴に声をかけたのは黎翔王だった。
    夕鈴姫が差し出した手を、恭しく受け取りながら西洋風な挨拶を交わす。
    手の甲に軽く、黎翔の唇が触れた。

    既知の親しみが感じられないように……そっけなく。
    ありきたりな挨拶を、二人は手短に交わした。

    ロブ・ノールでの約束を守り
    二人は、初めて会ったもの同士の当たり障りのない挨拶を交わしたのである。


    黎翔王が触れた彼女の手は
    謁見が終わって自室に戻っても、まだ熱を帯びて熱かった。


    夕鈴姫は、黎翔王が触れた場所に自らの唇を重ねた。



    黎翔さま……


    自室で密かに呟いた声は、誰にも聞かれず静寂に秘された。


















    ……風の行方編・52へ 続く

    2017.02.20..改訂
    2016.04.23..改訂
    2013.04.25.初稿
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